2011年9月22日(木)
歯科医師会での講義
昨日、甲府上空を通過した台風15号は、県内の様々な場所に傷跡を残した。
こういう状況になると、中央道は通行止め、JR中央線、身延線もストップ。
陸の孤島状況となる。
お仕事的には高校・特別支援学校などの県立学校、小中学校の被害状況が気になったが、休校措置等をとっていたため、大事には至らずホッとしている。
そんな台風一過の今日、お仕事では一日中会議室に籠もって話し続け、
夕方からはご依頼をいただいていた歯科医師会での講師を務めた。
山梨県でも障がい児歯科診療体制はここ数年で大きく変わろうとしている。
基本的には「身障」が対象なのだが、障がい児歯科部門では自閉症スペクトラムの患者が急増しているらしい。
とくに今年度からはスタッフ体制を充実させ、我が愚妻もDHの一員として働いている。
今年度、講義を行う回数は昨年度以前と比較して激減したが、それでも講義の一週間ほど前から落ち着かなくなる。
とくに前日はスライドの最終確認とお話しする手順についてない頭を振り絞り、悪あがきをする。
それにも増して、今回は妻の勤務先での講義ということもあって、かつてないほど緊張させられた。
愚痴はこの程度にして・・・・
普段、当事者と接している障がい児歯科のDr、DHとのディスカッションは非常に有意義だった。結果として、お約束していた90分を超えてしまったが、プロならではの視点、そして、熱い想いを感じることができた。
自閉症協会の立場として、一保護者の立場として、当事者の支援にこれほどまでに強力な支援者たちがいること、そして、支援の体制(バスケットネット)が充実していることに感動を覚えた。
障がい当事者が日常の生活で遭遇するもので、最も難関度が高いのは歯科治療の現場と思い、感じていた。このほかにも、ハードルが高いと思われる(と想像する)現場は数多くあると思うが、それぞれのフィールドに自ら飛び込み、ディスカッションすることでよりよき体制を整備していくことができると思う。
多忙の中にあっても、こうした時間をもっと創り出していくことが必要と痛感した。
作成者
fukuneko
: 2011年9月23日(金) 00:05
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2011年9月12日(月)
久しぶりの受診
児童精神科を受診している娘と久しぶりに主治医のもとを尋ねた。
ドクターとはすでに10年以上のお付き合いになる。
自閉症という世界にどっぷりつかり、様々な当事者の話を聴いてきたが、一概に自閉症といっても奥が深い。
教科書には自閉症なりの特性がのっているが、教科書どおりというケースはほとんどない。
9月に支援学校の2学期が始まったが、長かった夏休みの間に娘の生活リズムはすっかり狂ってしまったらしい。
もとより、環境の変化に弱いとされる自閉症児であるが、はじめての学校で初めての2学期を迎えるにあたり、彼女なりに心境の変化がある。
7名のクラスメイトとはすっかり仲良く・・と書きたいところだが、そう現実は甘くない。支援学校でも普通の中学校でもある話かと思うが、思春期という人生の中で最も難しい時期を迎えた彼ら、彼女らには様々な葛藤がある。
自己の思いを実現したい・・この年頃になれば誰もが将来の自分を意識する。親としては穏便に過ごして欲しいと願うのだが、成長期にぶち当たる様々な葛藤と向き合い、自分自身の力で乗り越えていく過程が今後の人生を左右することになる。
親としては子どもたちの幸せを願い、思いを馳せるのだが、それが必ずしも彼ら、彼女らが考える想いと異なることもある。
こうした想いのすれ違いがハレーションとなり、場合によっては人様に迷惑を掛ける言動・行動になるのは障がいのあるなしに関係ない。
娘は自分の想いが叶えられないと「空想」の世界に身をおく。
彼女自身の弁を借りると日常生活をある過程のヒロインとなって演じているらしい。
小学校時代、甲府に公演にくる「劇団四季」のミュージカルにはまり、将来の夢は「劇団四季の俳優」になるといって憚らない。
娘がまさかミュージカルの俳優になるとは思えないが、ちょっとでも否定的なことを言うと、このことがもとでパニックになるくらい深刻な状況となった。
パニックになる原因、主治医の話では学校や家庭での生活における、自分の立ち位置が不安定にあることにあるらしい。先行きが見えないだけにシナリオがある演劇に身を置き、物語のシナリオに沿って自らの行動を決めようとしている。
物語といっても誰にでも分かりやすい「シンデレラ」など、ハッピーエンドとなる話が中心だ。
しかし、気分が不安定になると決してハッピーエンドではない話の世界に入り込んでしまう。そうすると、悲しい末路、避けられぬ悲劇のヒロインとなり、我が身を憐れ、マイナス思考に陥ってしまう。
人は誰でも先行きが不安だと我が身を「悲劇のヒロイン」に置き換えてしまうことがある。そして自分自身を憐れに思い、誰かに助けを求めようとする。こうしたとき、救いの手をさしのべ、元の現実に引き戻してくれる彼(ひと)を探そうとする。
しかし、大勢の子どもたちでてんやわんやの状況にある学校では担任や学部の先生がどんなに頑張っても手が及ばぬこともある。
いつも主治医と話をすることで私自身も心の安定を得ていたが、ことに学校、それも県立の支援学校の体制の話となると心が落ち着かない。
県立学校教職員の人事に直接手を染めているわけではないが、県教委の組織を預かる立場として、我が娘の通う支援学校の出来事も自身の仕事に直結してくるからだ。
このブログを見ている読者の皆さんは既にご存じのことかと思うが、いわゆる知的の特別支援学校は山梨だけではなく全国的に入学(転学)者が殺到している。
以前は「地元の小学校(中学校)に通わせて欲しい・・」と請われたコトは多々あったが、いまや特別支援学校が積極的に選択される世の中だ。
娘が通う支援学校も開校以来10年で生徒数が3倍になったといえば想像できるだろうか。
とくに娘のように中学部や高等部から新たなメンバーとなる子どもたちが急増し、倍々ゲームで在学生が増えている。
正直なところ爆発的に増える子どもたちに対し、施設や人的な資源が追いつかないのが現実だ。
主治医からはこの窮状を何とかしなければ・・ときつい一撃があった。
娘のことと学校の運営体制・・二つの「相反する」不安要素を抱え、頭を抱える日々が続いている。しかし、立ち止まっていては何も解決しない。
作成者
fukuneko
: 2011年9月13日(火) 00:51
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2011年9月7日(水)
冴えない成績
今年高校受験を迎える長男、夏休みも返上で勉強に勤しんでいる。
8月には4泊5日の合宿に参加!まぁよくもここまで勉強に集中できるものだと親として関心もする。
しかし、肝心の成績はというと冴えない。
もともと理数系が弱いという弱点をもっているが、この2科目が足を引っ張り、伸び悩みである。
中学生を含め、日本人の数学力が落ちていると聞く。我が県でも学力向上のためにいろいろな施策を展開しているはずなのだが、我が息子だけではなく理数系が弱いのが実態だそうだ。
行政事務職の私の場合、数学とは言ってもエクセル計算式ができれば何とかこの世を渡っていける。というか、エクセルという便利な道具が私自身の考える力を奪っているような気もする。
ついでといえば国語力も・・・だ。
こうやってブログというモノを開設していること自体、子どもの頃は全く考えられないことだった。
これを言うと笑われるかも知れないが、県庁に入庁した当時、和文タイプライター(定型句をがちゃんがちゃんとやる式)が幅をきかせていた状況。「パソコン」というモノもなかった。
各課に1台あった「ワープロ」を取り合っていたのが実態。
書類はデスクペン(万年筆)で手書きしていた。
長男の数学のテスト、点が悪いと叱った手前、解いてみようとするが2次関数でさえ解こうとする気力が湧かない。
これでは成績が冴えないと叱る資格がない。
実社会では必ずしも「微分積分」が必要な場面はないが、「微分積分」をツールとして活用できる人材を輩出できる体制づくりをもっと真剣に考えなければならない。
高校生には「数学オリンピック」なるものがあるが、こうした競技に出るもよし、苦に思わず、解くことにより自身の達成感を感じて貰う環境・雰囲気作りも大切なのだろう。
冴えない長男の成績は長男だけの問題ではなく今の子どもたち全体に当てはまることなんだろう。しかし、頑張ればきっと「できるはず」だと願いたい。
作成者
fukuneko
: 2011年9月7日(水) 23:33
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2011年9月1日(木)
フォーハーツカフェ
長い夏休みもようやく終わり、長男に続いて長女も今日から学校に通い始めた。8月を振り返るといつもの年より長く感じた。
仕事ではホントに久しぶりに法令関係の業務(条例制定)をしたり、このブログにはとても記載できないが、人事担当として必要な業務、さらに陽が高いかも知れないけれど来年度の組織体制の素案づくりに追われた。
私事では子どもクラブや自治会組長として、夏祭りの企画と実施、ラジオ体操の指導?役。さらには長男が来年受験する可能性がある高校のオープンスクール、説明会への参加等々、まぁ1ヶ月にこれほど良く詰め込んだというのが率直な感想。仕事と私事の比率は3:7くらいで私事の方が大変だったが、8月末をもっておおよその見通しがついた。
題名のカフェ、県庁のそばにあるのだが、課の担当で何かが終わると打ち上げをする場所である。
地産地消という言葉はすっかり定着した感があるが、ここでは山梨の食材、地ビール、ワイン等を肩をこらずに味わうことができる。
とくに、フードメニューは地の野菜が中心。野菜をメインにするというのは素材によっぽどの自信がなければできないことだと思うが、ここでは野菜の存在が「力強さ」を感じる。
職場のそばにこんなオアシスがあるにもかかわらず、狭い執務室に籠もって仕事をしているのは精神衛生上良くない。
というか、こうして息抜きができる時間を作れるよう業務をマネージメントすることも組織・人事担当者として求められる資質なのかも知れない。
作成者
fukuneko
: 2011年9月1日(木) 23:59
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