2012年5月9日(水)
新しい生活
我が業界特有の年度末・年度初めの多忙なスケジュールが終わった。
3月末、4月頭には書いていなかったけれど、2年間在籍した教育委員会の人事担当を卒業し、知事部局のあるセクションに戻った。
以前記したように、4月から誰も名前で呼んでくれなくなった。
気がつくとオフィスには4人+αの部下、さらに業務内容も実務もあれど殆どが人の仕事をチェックし、ハンコをつく役になった。
帰宅時間もGW後からは定時。通勤手段をバスに変えたこともあって、明るい時間帯にバスに乗り、帰宅後は愛犬の散歩、洗濯物の片づけ、ふろの掃除。信じられないことだが、我が家に帰宅する時間が妻子よりも早くなったので、家でやることが沢山できた。
今週末には「畑」に苗物を植えるので、この世話も自分の仕事になる。
長男は幸いにも第一希望?であった高校の英語科に通っている。
妻の仕事の頻度も増えた。
娘は、相変わらずわからんじんだが、元気にやっている。
子供の教育費も心配な時期だが、昨年度と比較して、某公務員じゃないので実額は明かさないが年収ベースで○百万円は下がるかもしれない。
タバコはやめたのでお金を煙にすることはないが、財布からお金を出すときには躊躇している。
平成18年度に障害福祉課に勤務して以来、ほぼ6年間、子どもの育児というものにほとんどタッチする時間を作ることができなかった。
しかし、息子も娘もそれぞれの持ちうる力を伸ばし、ご立派ではないがそこそこ頑張っている。というか、手がかかる娘も含め、「子育て」という貴重な季節は旬を抜けてしまった。いくら悔いてもこの6年間の時は戻ってこない。
しかし、ここで手をこまねくより、ワークバランスを考えながら、これまでやりたくてもできなかったことを「この2年間」で経験していきたい。
このブログを始めたのはちょうどfortiesになった瞬間。
気がつくと、もうfortiesよりfiftyに近づきつつある。
この時間に自分が何を考え、何に悩み、何に喜び、何に悲しんだのか、
お仕事のことがどうしても中心になっていたのも事実。
さらに、今となっては行政の担当者の個人的な見解が自治体の見解として独り歩きすることこそなかったものの、関係者の方々にご心配をおかけする場面もあったかもしれない。
仮にあと10年くらいたった後、もしサーバーにデータが残ってるのなら、昔はこんなことを考えていたと懐かしむのかもしれないが、後ろを振り返っていても前進はない。
とりあえず、今与えられた立ち位置で自分そして家族、そして私たちを支え、私たちと語り合う人たちと充実した日々を送るために必要なことを考えていきたい。

